脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

昭恵の涙~世紀のバ〇夫婦~

世紀のバ〇夫婦「暮れの風景」

まあアレだよね、「ふざけんな、こっちは、おまえのつらさの何倍もツラいわ!」というツッコみが、全国から、入っている様子が、目に浮かぶ。
安倍普三は、「今は憎まれても、50年後に評価されれば、それでいい」と、言っているけれども、私も、今から50年後、100年後に、彼と、その妻が、どういうふうに人の口にのぼるのか、非常に興味を持っている。
が、私は、50年後のほうでも、知ることはないので、残念なんだけど。

歴史は、後世の人間が語るもの

歴史というものは、いつでも、「後世の人間たち」によって、語られるものだから、例えば、リンカーンみたいに、生きているうちも、死んでから100年以上も、「すげーリッパな人」「黒人の味方」というふうに、思われてきた人であっても、今になって、「ぜんぜんちげーよ」というふうな評価も、出てきていたりするのである。
リンカーンがそうであるならば、安倍普三のような小物の評価は、どうなるのだろう。
知りたいけど、50年後まで生きることは、できないので、非常に残念である。

「変なセーターを着ている人」→「独立運動の父」?

例えば、鳩山由紀夫というのは、首相をやっている時には、国内では、おおむね、「変なセーターを着ている人」とか、「略奪婚をした人」とか、「わけのわからない人」「小遣いの多い人」というふうな評価が、普通だったように思う。
が、一歩日本を出たら、東アジアのよその国では、鳩山という名前の評価は、ものすごく高いということは、たぶん、誰にでもわかる。
「日本以外のアジアの国」では、「安倍普三大好き」なんていったら、殴られるかもしれないが、「鳩山大好き」と言っておけば、扱いがよくなるということは、間違いないのである。
さらに、100年後くらいには、たぶんだけど、鳩山というのは、「田中角栄の次に、日本の独立を目指してみたけど、やはり失敗して、潰された首相」という扱いに、なっている可能性が、大である。
そのころには、独立しているだろうから、「われわれが、やっとのことで外国の軍隊を追い出して、主権を取り戻せたのは、モトを辿れば」という話で、そういうところで、名前が出ているはずである。

「庶民なんか怖くない」

安倍夫妻を見るにつけ、坊ちゃん嬢ちゃんが夫婦になると、50や60を過ぎても、こんなに世間知らずなのかと思うと、ひたすらもう、自分たち庶民との落差に、驚くばかりなのだが、ともかく、「上流階級というものは、しもじもとは違うんだな」ということは、ものすごくよくわかる。
安倍夫婦が世間に教えたものは、ダイレクトに、「貧富の差」というものなのである。
昔、「私作る人、僕食べる人」というCMがあって、ちょっと顰蹙を買ったことがあったが、安倍夫婦の場合には、臆面もなく、「わたし使う人、あなた働く人」と言っているという、そういう感じが、ものすごい露骨である。
もう、金持ちであることを、隠す気もない、というところが、すごい。
まあ、以前は、日本の金持ちというのは、庶民の反発を食らわないように、金持ちであることを、なるべく、強調しないように、気を付けていたものだが、安倍夫婦に関しては、そういうのが、まったくない。
庶民にどう思われようが、ぜんぜん怖くない、関係ないし、みたいな。
どうしてなのか、知らないが。