脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

理屈じゃない

理屈じゃない世界

世の中には、理屈が通じない人のほうが、多いのだということには、なかなか気がつかなかった。
それは、どうしてかというと、たぶんだけど、私は、若いころから、「理屈で動いている世界」に、長く居て、「1+1は、2です」ということが、10人中の9人までは、通用するような、そういう環境で、ずっと、過ごしたから、だろう。
そういうほうが、特殊なのだということに、気がつかなかったのだ。
だから、最近は、「1+1は、2ですよね」と言っても、聞こえないふりをする人とか、まったく違う話を始める人とか、または、「そうですねえ」と言っておきながら、しばらくしたら、「1+1が2だなんて話は、した覚えはない」と、言うとか、おもむろに、「1+1は、3です」と、言い出すとか、そういう人ばっかりで、疲れるな、と思っていたが、実を言えば、うちの母なんかも、その筆頭だから、私は、どこに居ても、いつも疲れているのである。


私は、要するに、「1+1が2にならないと嫌な人」、なのである。
それが普通だと、思うし、1+1が2にならない世界では、どうしたらいいのか、わからないからだ。
だから、1+1が2じゃない世界で生きている人を見て、非常に驚くというか、これは…様するに…あの
トカトントン
というヤツではないのか、と思ったりする。


いつか願いは適う?

「1+1は、3」
「1+1は、3」
「1+1は、3」
というふうに、ずーっと言っている人(Aさん仮名)がいて、その人には、以前に、「違うよ」と、教えてあげたことがあるのだが、仕方がない。
もはや、「信じる者は救われる」とか、そういう感じに、近いような気もする。
その人が、あまりにも確信に満ちた姿勢で、そういうふうに言い続けていると、同じような人が、集まってきて、「そうですよねえ、1+1は、3に決まってます」と、口々に言うのである。
だから、その人が、えんえんと、そう言い続ければ、そのうちに、1+1が、3になる日が、やってくるのかもしれない。
それが、トカトントンというものであろう。