脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

日馬富士引退で、今後は?

日馬富士引退

昨日、引退するべきだと書いたが、今日になったら、もう引退会見をやっていた…。
この素早さ、とっとと幕引きをして、人の口にのぼらないようにしたいという、協会側の思惑が、透けて見える。

暴行は宴席で行われたとされる。日馬富士は酒癖について問われると、「お酒を飲んで人を傷つけたり暴れたり、酒癖悪いといわれたことは一度もない」と断言。酒との向き合い方を問われ「酒飲んだからこその事件じゃないので、これは」と語気を強める場面もあった。

(太字引用者)

えっ。
昨日の記事でも書いたけど、酒癖が悪いという評判だったんじゃ?
よくわからないなあ。
酒癖が悪くない人が、どうして、ビール瓶とか灰皿とか、箸とか、いろんなものを使って、他人を殴る?
そういう人って、酒癖が悪いからではないのか
というか…もしかするとだけど、「その程度は、素面でもやるから、酒のせいとは言わない」というのが、角界の常識だったりするんだろうか?
まさか、そんなことは、ないと思いたいけど。

今後は?

疑問に思うのは、「引退相撲・断髪式」と「今後」。
この記事では、何も触れられていない。
「廃業」とは、書いてないなあ。
どうなのかなあ。
日本に残って、帰化して親方をやるのか、それとも、朝青龍とか旭鷲山みたいに、帰って、自由に活躍するのか。
それにしても、朝青龍のときも、思ったけれども、モンゴルから来たお相撲さんというのは、やっぱり、文化の違いで、苦しむというところは、多かれ少なかれ、あるんだろうと思う。
朝青龍なんかは、もろに、そういう感じだったから、横綱にまでなっていながら、「何をやっているのか」ということが、最後まで、わかっていなかったんだろうと思う。
白鵬なんかは、ものすごく努力をして、「日本の文化」を「演じようとしている」ということは、わかるんだけど、でも、やっぱり「演じているんだな」ということが、どうしても、わかってしまうというのは、ある。
そこまで無理をしないと、お相撲さんらしくは見えないということも、なかなか、大変である。
大相撲というのは、「スポーツ」ではないから、外国から、お相撲さんを受け入れるならば、そういう問題は、どうしても出てくるから、そこをどうするのかということは、常について回る。
日馬富士は、どうだったのかは、知らないが、今回の件を見る限りでは、やっぱり、そういう葛藤は、あったんじゃないのかなという気はする。

文化の違い

日馬富士が、「日本の文化がわかっていなかった」と思うのは、そもそも、日本では、「本当に偉い人」というのは、自分の手は汚さないから、だ。
「躾をしたい」と思ったら、誰か、下の人がやってくれるというのが、普通なわけ。
日馬富士は、それが、わかっていなかったから、「直接自分で躾けようとした」という時点で、自分が横綱であることの意味が、わかっていなかったということになる。

飲み会に「3横綱が集合」の異様さ

あとは、今回の酒席には、モンゴル3横綱が集合していたとか、あったけど、私は、「モンゴル閥」みたいな、互助会的なものが、あんまり強固になるということは、よくないんじゃないかなと、思っている。
「差別をされているものどうしで、助け合いましょう」という感覚が、どうしても、星の関係まで、行ってしまう可能性が、あり、そして、そういうことがなかったとしても、疑われる原因には、なってくるからだ。
なにしろ、「スポーツではないもの」で、「日本の伝統とされているもの」に、外国人を受け入れるということは、難しい。

そこまで無理をして、「もたせる」必要があるのか

私の、本当に個人的な意見としては、どうせ、日本の観客は、外国人の横綱には、ヤジを飛ばすんだから、もう、外国人の受け入れはやめて、弱い日本人力士ばっかりでいいから、割り切って、「儀式化」したらいいんじゃないかと。
それで、客が来なくなったら、潰れればいいんじゃないかと、思う。
どうしても潰したくないからといって、外国人を受け入れたら、横綱が4人いるうちの3人がモンゴル人だとかいう、ものすごく奇妙な状態になっているとか、それでいいならそれでいいけど、客は、それでは、面白くないわけでしょ。
だから、外国人力士に、負けろといって、ヤジを飛ばしていじめたりするくらいなら、恥ずかしいから、そういうものは、もう、廃れて行って、潰れたほうがいいんじゃないかと思う。