脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

今はもう作れない映画「大日本帝国」

映画「大日本帝国」

昔、「大日本帝国」という映画があって、私の世代なんかは、リアルタイムで劇場に見に行ったことがあるのである。


それを見に行ったのは、高校生のときだったと思うが、どうしてそれを見に行く気になったのかと言えば、それよりも前に、親に連れられて、映画「東京裁判」を、見に行っていたからなのである。
その影響で、なんとなく、「戦中歴史オタ」みたいな感じに、なっていたのだろう。
そう言えば、高校生のころは、学校で、「悪魔の飽食」とか、「中国の旅」なんかを、回し読みしていたのである。
…もちろん、内容は、おぞましいものだったが、高校生は、授業中でも、そういうのを読んでしまうのである。

今はもう作れない

映画「大日本帝国」というのは、今だったら、安倍ファシスト政権への「忖度」でもって、とても作れないような映画である。
しかし、内容は、「反日(ぷっ)」とは、とても言えず、客観的に見れば、全体的には、かなり「日本アゲ」になっていると、そういうシロモノである。
中国や、朝鮮の人が見れば、「美化しすぎ」「冗談はよせ」と思うのが、当たり前だろう。
…が、ある程度は美化してあるようなものであっても、あの当時の映画というのは、それなりに、意味のあるものだったのである。

「正義の味方ウルトラマンタロー」が、卑怯な戦犯に

当時は、ウルトラマンタローで、「善玉俳優」という印象だったはずの篠田三郎が、サイパンの地元の娘を口封じのために殺し、のちにB級(かC級)戦犯として逮捕され、「天皇陛下万歳」と叫びながら、銃殺されていくという、すごい話なのである。
しかも、その気の毒なフィリピンの娘は、篠田の婚約者と瓜二つとかいう、有り得ない設定で、さらに、あの夏目雅子が演じていたのである。
まあ、そういう、いろんな意味で、ハジケているというか、ものすごい映画だった。
ラストでは、戦後の食糧難を、体当たりで生き延びるという、関根恵子の「肝っ玉母さんぶり」が、印象的であった。
美化はされていたけれども、それなりに、戦争のバカバカしさや、悲惨さというものを、「戦争を知らない世代」に伝えているという、そんな映画だった。
この映画を見ても、まだ、「戦争は絶対にごめんだ」「やりたくない」と思わない中高生がいたとしたら、それは、上映中に寝ていたとしか、思えないのである。

厭戦気分は、積極的に養わなければならない

平和な時代には、厭戦気分というものは、そうやって、養わなければならないのである。
どうしてかというと、死んだ人たちは、もう、しゃべれないからだ。
だから、死んでいない人が、「戦争になったらなったでしょうがない」とか、「やりたくなくても、戦争になるときはなるんだから、じたばたしても仕方がない」などと言っているのは、バチ当たりな話なので、そういうことを言いたいならば、一度、あの世に行って、死にたくないのに戦争で死ななければならなかった人に、「意見」を聞いて来い、と、思うのである。