脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

老いと欲

老いると、欲が薄くなる

老いるということは、簡単に言うと、「いろんな欲が薄くなる」ということなんだな、というふうに思った。
普通は、そうだろうと思う。
そうじゃない人、年を取っても、いろんなものが欲しくて、ギラギラした人とか、いるけれど、自分が年を取ってみると、そういう人は、心の底から、「すごいなあ」と思う。
自分の親なんかを見ていても、そうだけれども、結局は、「年をとっても、最後まで残る欲」の種類とか、程度なんていうのは、凡人の場合には、大したものではない。
ある程度の年齢になると、「生きるだけでせいいっぱい」になってくるから、あれも欲しい、これも欲しい、どうしても欲しいということにかまけてはいられなくなる、のが普通だからだ。
「生きるのが当たり前」の若いころというのは、病気やケガで苦しんでいない限りは、そういう「努力」が、ほとんど必要はないから、欲しい欲しいと、そうなる。


食べることに、ものすごくこだわっていたのは、いったい何歳までだったのか、何歳でやめたのか、よくわからない。
どうしてもあの店のアレじゃないとダメだとか、コレが食べたいんだとか、そうやって、無理をしてでも、一所懸命に買いに行ったり、都合をつけていた自分は、いったいなんだったのかなあとか、思う。
20代や30代のころに、40代の女性たちが、「最近は、少し食べれば、もうそれでいいの」と言っているのを聞いて、えーどうしてかなあと、首を傾げていたことを、思い出す。あれは、すっかり、遠い過去になったなあ。
最近は、食べることに関しては、ほぼ「生命の維持ができればいい」という、基本に忠実な感じになってきつつある。
そういえば、五木寛之がこの前、一日一食で落ち着いたと書いていたが、84歳か。
84歳になれば、一食でもよくなるのかなあ。
いっぽうでは、瀬戸内寂聴が、定期的にステーキを食べに行くと言っていたことがあって、それもまた、すごい話だなあと思ったことがある。
まあ、寂聴さんのような人は、凡人とは違うし、人の何倍も生きているような感じだから、そういうことも、あるのかもしれない。

いろいろな欲望

食べ物以外の欲というのも、以前ほどには、執着しなくなったと思う。
どうしてもあれが着たいだの、これが欲しいだの、あれが見たいだのと、そういうふうに思うことは、あんまりなくなった。
なくなったなあとは思うけれど、正確に、いつからそうなったのかは、わからない。
何かを見たりしたりして、ああ楽しかった、と思うような「何か」は、あったのだけれど、同じものを見たり、したりして、以前と同じように楽しいと思うかと言ったら、そうではない。
どうしてなのか、わからない。
そういえば、「あの人に会いたい」とか、そういうのも、なくなったな。
会ってもいいし、たぶん、会えばそれなりに楽しいのだろうけれども、別に会わなくてもいいし、どっちでもいいや、と。


5000円の腕時計

この前、長く使った腕時計が、ついに壊れて、これは買い替えるしかないと思ったときに、本当に「なんでもいいや」と思って、結局買ったのは、5000円くらいのものだった。
もともと贅沢はしない人間なので、以前の腕時計にしたって、その3倍程度の値段のものだったけれども、なんかもう、使えればなんでもいいと、素直にそういう気持ちだったのだが、行った先の時計屋で、一番安い太陽発電式のものが、その値段だったから、それにしたというわけで、それよりも安いものがあったら、たぶん、そっちにしていたと思う。
…が、10年前だったら、同じ時計は、買っていなかったことは、間違いない。
何が変わったのか、それはまあ、老いた、ということしか、思い当らない。