脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

えだのんが党を率いるときが来るとは

えだのんが党を率いる時が来るとは

ユリノミクスというのがあれば、えだのんというのもアリらしい。

「えだのん」か…枝野がこのように呼ばれる日が来るとは、ぜんぜん思っていなかった。
というか、枝野が党首になるとか、そういうのも。
隔世の感があるが、枝野が作業着姿で毎日TVに出ていたのは、ほんの6年くらい前の話だ。
6年とかは、普通だったら、長い期間ではない。
このごろは、いろんなことが、早すぎる。

作業着の男と、黒い噂

枝野さんが作業着を来て、ぜんぜん寝ていないと言われていたころ、ネットでは、まことしやかな噂が流れていて、あれは、今思えば、工作員ネトウヨの組織的な仕業だったのだろうが、私も、けっこう簡単に、信じてしまったのであった。
どうしてかって、あのころは、いったい誰が何が正しいのかが、わからなくなっていたから。
枝野は、地震直後に、放射能を恐れて、妻子を外国に逃がしたという話が、あちこちに書いてあった。
それが、真っ赤な嘘であったということは…いつ知ったんだったか、忘れたが、信じてしまったのは、私だけではなかったであろう。
まあアレだ、民主党というのは、ネット工作に力を入れなかったために、選挙では勝っても、情報戦では、完全に敗けていたのである。
そして、それが、時間が経てば経つほど、じわじわと、ボディブローのように、効いてきていたのだった。
そして、政権の座からすべり落ちたのである。
そのあとには、ペンペン草も生えないような、ひどい国政が、やってきた。
野党落ちのつらさを思い知った自民党は、二度と野党にはなるものか、今後は、どんなことをしてでも、政権だけは手放さないと、それだけは固く決意をしていて、前よりもひどい状態になっていたのである。

今となっては信じられない話だが、自民党壊滅までは、カウントダウン状態だった

しかし、震災直前の時点では、民主党政権が2年たって、あともう1回予算が通れば、官僚も企業も野党になった自民党を見切るから、自民党は、壊滅すると、言われていたのである。
実際に、その当時の自民党の議員なんかは、ものすごいせつない感じだった。
それが、1回の大地震でもって、引っくり返ってしまったというのは、すごいことである。
事実は小説より奇なり。
そして、千載一遇のチャンス(とアメリカの後押し)を受けて、あの「みじめな腹痛辞任」から、見事?敗者復活した安倍普三は、今回の政変で、どうなるのか。
さらに、総裁選で石破についたために、安倍に冷や飯を食わされてきた小池が、敗者復活戦に打って出るという、奇天烈なことになって、狐と狸の化かし合い状態の中、先行きはどうなる。
しかし、まあ、間違いないのは、日本は当分、植民地のままで、私が生きているうちに、主権を取り戻し、アジアの隣人たちと団結し、平和な東アジアを築くということは、ないということだ。
だから、私よりも上の世代は、もっとそう思っている。
彼らは、主権を取り戻すなんてことは、とっくに諦めているし、あと10年とか15年とか、この世で元気で過ごせる間に、「それほど大きく社会が変わらないほうがいい」と、思っている。
それは、仕方がない。
自分も含めて、年を取れば取るほど、よい変化であれ、悪い変化であれ、「変化」というものには、なかなか、対応できなくなっている。
そして、そういう人たちのほうが、確実に、投票に行くのである。
だから、この国に、正義はないのである。