脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

ド田舎の名士の娘

永遠の「勘違い」を生きる

母は、単に「田舎」というのははばかられるほどの、ものすごいド田舎の出身である。
以前に書いたK先生は(八つ墓村から逃げ出したK先生を襲った恐怖)、田舎が嫌で嫌でたまらず、念願かなって都会に出てきたという人だったが、うちの母は、ぜんぜんそういう感じではない。
都会には出てきたが、それは、結婚相手の仕事の都合、というだけの話であった。
さらに、田舎が嫌だったというような話は、まったく聞いたことがない。
どうしてそんなに違うのかって、それはたぶん、母の場合は、村の有力者の娘だったから、どこに行っても粗末にされたことがなかったからに違いないと、私は思う。
そういえば、最寄りの駅からタクシーに乗ったら、運転手がたまたま同級生だったなんていうことも、あった。
そのくらいに、狭い世界だったようである。

ド田舎の名士とは

有力者と言ったって、ほかの人と同じように、ちり紙をケチって、乾かしては何度も使ったり、タバコは「わかば」を吸っていたりする。
そしてもちろん、農作業をしたり、カブに乗ったり、川でどじょうを獲って、それをまな板にクギで打ちつけて、さばいたりもするという、ワイルドな人だったのだが、ド田舎の名士というのは、そういうもので、懐手をして、汗ひとつかかないという感じでは、ぜんぜんないのである。
ないのだが、有力者には違いなくて、村のほぼほとんどの人たちよりも、偉かったのである。
どうしてかというと、そういう家柄だったからだ。


そして、私は、ド田舎のお嬢さんほど、始末の悪いものはないと確信している。
どこへ行っても、知らない人に会うということはないという、狭い世界で、ちやほやされて育つと、それが普通だと思ってしまう。
しかし、それは、普通ではない。
なので、大人になっても、他人が親切にしてくれることを期待して、期待を裏切られると、「不当だ」と言っては、いちいちと気分を害しているので、非常に始末が悪いのである。
「他人というものは、親切にしてはくれないのが普通である」ということは、何度も言ったのだが、70を過ぎても、理解はしない。