脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

厚顔無恥なセクハラ男、ツイッター凍結解除への協力を要請

「『何が問題だったか』を知りたい気持ちでいっぱい」だと?

何がバカバカしいかって、誰かのツイッターアカウントが凍結されたということが、ニュースになってしまうということや、その人が、セクハラで訴えられて、裁判で敗けて、損害賠償を命じられている人だということとか、それでも、「自分には、問題はあるが、それが何か?」的な、「セックス依存症で病気だから、仕方がない」とでも言うような、開き直った態度であって、反省のかけらもない、悪びれたところも一切ない、というような、そんな人である、ということなのだ。

以前の記事で触れたこの人↑(過去記事:市民運動とセクハラ - 脱力日記)の件だが、この人について語ると、怒り心頭で、冷静な文章が書けなくなってしまうので、なるべく、抑え目にしたいとは思うのだが、ともかく私は、この人を、しばらく前から、ミュートにしていた。
ちなみに、「ミュートにする」というのは、その人のツイートのRTが表示されなくなるという、ツイッターの便利機能である。
この人は、セクハラ裁判が公になったあとも、まったく悪びれずに、前と同じように「活動」をしていたし、「セクハラで裁判になってしまったこと」についての「開き直りツイート」とかも、していたのである。
どうしてミュートしたのかって、私自身は、フォローをしていないけれども、この人は有名人だから、誰かがRTをしてしまうので、どうしても、この人のつぶやきを、見てしまうのである。
見るたびに、「セクハラ変態男が、偉そうに」とか、「男どもよ、どこまで同性のセクハラに甘いんだ」と思って、腹が立つから、精神衛生上よくないので、見ないことにしたのだ。
しかし、私は他人だけれども、被害女性本人さんは、この人が、以前と同じようにネット活動をしたり、フォロワーが6万人以上もいるということについて、どんなにムカついていただろうかと思うと、気の毒でならない。
つまり、こういうことではないか。
「この人は、しょうもないセクハラ男だけれども、それに目をつぶるくらいの価値のある人間だ」
または、
「被害女性がされたことは、気の毒だけれども、そんなに大したことではない」
の、どちらかであろう。
とんでもない話である。
私は、この人は、裁判になった時点で、ネット活動などは、やめているべきだったと思う。
それが、被害者への、最低限の配慮というものではないのか。
私だって、少なくともツイッターでは、二度とこの人の発言の引用などを見ないで済むと思うと、非常にせいせいしている。

「ご協力よろしくお願いします」?

だいたい、「ワタシのツイッターが凍結されてしまったので、みなさん、ツイッター社に圧力をかけてくれませんか」とか、セクハラ変態男が、どのツラを下げて、見ず知らずの他人に頼んでいるのかと思うと、呆れて、開いた口がふさがらない。
常識という言葉は、この人の辞書には、ないし、「この人界隈の人たち」にも、ないということなのだろう。

「総選挙前の言論弾圧」だ?

↓「解散総選挙と関係があるのではないか」と言っている文化人が、いたりする。

常識で考えてみろと、言いたい。
「この人」に、ツイッターをさせないくらいのことで、「政権与党」が、そんなに選挙で有利になると思うほうが、おかしいだろう。
もしも、この人が、そこまで影響力のある人間だと思うならば、山城博治さんのように、難癖をつけて逮捕させ、裁判もないまま何か月も拘留しておくに決まっているではないか。
今の自民党政権というのは、「本当に影響力のある人」に対しては、そういうことをするのである。
セクハラ変態男のツイッター「だけ」をやめさせたからって、どんだけの話なんだ、と。
「ツイッターが凍結された」という文句を、「Facebookで言っている」わけだし、だいたいが、本を出したり、TVにも出るような人なんだから。
こういう有名人を、「完全に黙らせたい」と思うなら、刑務所に入れるしか、方法はないであろう。

何がいけなかったのか、自分の胸に聞いてみろ

いっぽうでは、こういうふうに見ている文化人もいる。

2年前と言ったら、裁判になる前、つまり「この人が、しょうもないセクハラ男である」ということが、公になる前ではないか。
…そういうことを知っていても、「あの界隈」の人たちは、知らん顔をして、平然と、仲間付き合いをしていたのではないか。
そのあとには、例の「ベストセラー本」を出して、一躍有名になって、「ただのネット有名人」から、「全国規模の有名人」へと、華麗な転身を遂げているのである。
…「とんでもないセクハラ変態男」だということを、知ってても、誰も、「出世」の邪魔をしなかった。
本当に、ここらへん界隈のことは、掘れば掘るほど、うさんくさいし、誰も彼もが、非常識な人ばかりであって、魑魅魍魎とか、伏魔殿という言葉が、何よりもふさわしい。
被害女性は、そういう、とんでもないところに、運悪く、ふいっと紛れ込んでしまったということに、なるのだろう。
善意が食い物にされる、最近の「市民運動界隈」は、そういう場所と化しているのである。


その後の記事↓