脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

市民運動とセクハラ

後を絶たない被害者たち

最近、そういう話をよく聞くので、ああ、気の毒だな、と思う。


まあ、普通に考えて、出てきた女性というのは、氷山の一角であって、「ほかにも、黙っている女性が、何人もいるんだろうなあ」というふうに、思わざるを得ない。

躾のよい女性たち

私よりも一回り以上下の女性たちというのは、私から見ると、大事に育てられていて、躾がよくて、トリミングサロンで上から下まで整えてもらっている血統書付きの犬のような感じが、するのである。
私から見ると、最近の若い女性たちは、みんな、いい子なのだ。
荒っぽいところが、ない。
「大事に育てられたから、いい子になる」というのは、普通の話である。
それが裏目に出てしまうのが、こういう場合かな、と思う。
いい子だから、市民運動に参加をすることもある。
そこには、普通だったら、付き合うことのないようなへんな人も、混じっているのだけれど、「世のため人のため」だと思うから、カタギな仕事をしているようには見えない相手でも、偏見を持ってはいけないと思って、我慢をして付き合うわけだ。
「偏見を持ってしまう私の方が、間違っているんだ」とか、「怖がってはいけない」とか、思う。
そして、セクハラをされて、びっくりして、どうしたらいいのかわからなくなって、何年も黙っているとか、メンタルを病んでしまったとかに、なる。
「何がいけなかったのか」が、わからないのだ。
その女性たちのしたことは、別に、いけなくはない。
ただ、世間知らずだった、ということだけだ。

知っている相手だからこそ、セクハラをする

セクハラというのは、だいたいが、見知らぬ相手からされるのではなくて、知っている相手からされるほうが、多いだろうと思う。
それは、そういう相手は、「いつもやっている」からだ。
いつもやっている人というのは、いつもそういうことをしていても、会社をクビになったり、刑務所に入ったり、多額の慰謝料を払わされたりはしていない、ということなのである。
どうしてか。
それは、「そうならないような相手を選んでセクハラをしているから」、である。
泣き寝入りをしそうな、大人しくて、躾のいい女性を、普段から探しているのである。
だから?
だから、上で述べたような、トリミングサロンの血統書付きの犬のような女性が、次々に狙われるということであり、相手の期待どおりに、どの女性も、やられた途端に騒いだりはせず、何年も黙っているという結果になっているのである。

被害者に選ばれないためには

セクハラ常習犯の男というのは、世の中から、いなくならない。
どうしたらいいのかって、これは、「自分のほうを変える」しか、方法は、ないのである。
そういう男に「選ばれないような女性になる」ということで、それは、「泣き寝入りをしそうにない女だ」「やり返されそうだ」「面倒臭そうな女だ」というふうに思われるように、努力をするということである。
そして、「お父さんやお母さんが嫌な顔をするような男性とは、なるべく付き合わない」ということ、まあこれは、当たり前のことだけれども、被害に遭ってしまった女性たちは、みんな、この大原則を、忘れていたとか、軽んじていたということは、言えるであろう。
もちろん、「大義のためには、うさんくさい人たちとも協力する」のが、「世のため人のため」だと、思い込んでしまったから、である。

先輩女性を当てにするな

そして、「女性の参加者もいるから大丈夫」などと、「同性の先輩」をあてにしてはいけない、ということだろう。
そういう年期の入った女性たちは、「後から来た女性たちを守ってくれない」ということは、はっきりしたと思う。
セクハラとかそんなものは、自分だってさんざん経験してきたんだから、「登竜門だ」とか、「ツベルクリンだ」程度にしか、思っていないのではないのだろうか。
ひどい話である。