脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

未来は霧の中に

失った「家族の団欒」

母と普通の会話ができなくなってから、何年も経つ。
もともとが、あんまり聞こえるほうの人ではなかったが、70を過ぎてから、劇的に聞こえなくなって、たぶん、状態としては、聴覚障害者の範疇だろうと思う。
片方の耳は、まったく聞こえない。
補聴器をつけても、そんなに変わるわけではなくて、多少はいいという程度で、さらに、出かけるときしか、つけたがらない。
インターホンの音が聞こえなくなって、何年にもなるが、それも、本人は、いっこうに平気なのである。
宅配便や書留だったら、連絡票が入っているから、別に問題はない、とか。
用がある人だったら、あとで電話をくれるだろうから、それで別に、困らない、とか。
特に何か手を打つ必要があるというふうには、ぜんぜん思っていない。


「会話による普通のコミュニケーション」というのは、かなり小さい音まで聞こえる状態でないと、なかなか、スムーズにはできないものなのだな、ということを確信したのは、聞こえるほうの耳の近くまで口を寄せて、大きな声で、ゆっくりと、はっきりと、簡潔に、用件だけを言うという状態になったから、である。
こうなるともう、以前のような、何気ない家族の日常会話というものは、成立しない。
本人は、そこまでしなくても聞こえると言い張るが、そこまでしないと、ちゃんと伝わっていないということが多かったので、結果的に、そうするしかなくなったのである。
耳の遠くなった人というのは、わりと、聞き返さない。
うちの母に限って言えば、絶対に聞き返さない。
わかっていないのに、わかったような顔をしているから、困るのである。
後でモメた場合には、「知らない」「聞いた覚えがない」と言って、頑強に否定する。

聴覚だけではない

うちの母がすごいのは、聴覚だけではなくて、視力のほうも、かなりひどいということである。
どうやら、ものが、細かいところまで、はっきりとは見えていないということは、だいたいわかったのだが、視野というのも、かなり狭いということも、確実である。
自分の手の高さから、目の高さくらいまでしか、見えていないのである。
なので、高いところとか、低いところは、どうなっていても、ぜんぜん気にしない。
もっとすごいのは、嗅覚まで、劣化しているということである。
食べ物が腐っているかどうかが、よくわからないから、代わりに嗅いでくれということは、前からあったが、年とともに、そっちの感覚も、どんどんアバウトになっているようである。

霧の中の快適な老後

だからまあ、今はたぶんだけれども、霧の中で生きているような状態のようである。
しかし、本人は、それで、けっこう幸せのようなのだ。
聞きたい声は、電話で聞けばいいし、聞きたくない雑音や、騒音は、聞かないで済む。
私たちは、普通は、「聞きたくない音」を聞かないようにしようと思ったら、ものすごい労力を、必要とするのである。
それが、何もしなくても、普通にできている。
視線の範囲に、きれいなものを置いておけば、それ以外の場所が汚れていても、見えないから、快適である、と。
いい匂いを嗅ぎたければ、かなり近くまで顔を持って行けばいいし、くさい匂いには、もともと気がつかない。
そうやって、特に努力をせずしても、選択的に生きることができるというのが、本当の、老いの楽しみというものなのかもしれないと、割り切るしかないという、このごろなのだった。