脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

不健康な生物の先生は、どうなったのだろうか

不健康な生物の先生

高校の時の生物の先生は、かなり変わった人だった。
授業は適当にやって、あとは真顔でボケていた。
だから、生徒たちは、生物にはいっこうに詳しくはならなかったが、けっこう退屈しなかった。
それでも、親たちが目くじらを立てて、「ちゃんと教えろ」などと、文句を言うということはなかったから、つくづく、いい時代だったのだなあと思う。
その先生は、I先生といって、意図的に不健康法を実践しておられたのだった。
生物の先生だから、なんとなく「自分の体で実験をしている」という危ない感じも、漂っていた。
そういえば、以前に触れた30代で頓死した人(過去記事:「向こう側」に行った知り合いたち - 脱力日記)と、似ているなあと思うのだが、たぶん私は、I先生で免疫があったので、「30代で頓死した氏」に出会ったときにも、その不健康ぶりに、あんまり驚かなかったのではないかと思う。

先生の貧しすぎる食卓

I先生は、「昨日の夜は、何を食べた」とか、ぼそっと言うところから、ボケ始めるのである。
それは、ほとんどの場合、「豆腐だけ」とか、「もやしだけ」だったり、「主食には到底ならない何かだけ」だったりする。
それと、「酒」なのである。
カロリーは酒で摂っているから、じゅうぶんなんだ、と言っていたような気もする。
いつも、むくんだ顔をしていて、顔色は悪かった。

歯医者になるのをやめた理由

I先生には、歯医者さんになるか、先生になるかの、人生の分かれ道があったそうなのだが、歯医者さんになるのは、やめたという。
その理由は、「ババアの口を触るのが嫌だったから」、だそうである。
今だったら、学校の先生が、授業中にこんなことを言えば、大問題になるかもしれないし、生徒たちは、真似をして、悪い子になってしまうかもしれないのだが、なぜか、そういうふうには、ならなかったのである。
私たちが、I先生を嫌いにならず、そして悪い子にもならなかったのは、どうしてなのかって、それは、うまく言えないが、私たちは、わかっていたのである。
先生は、ワルなのではなくて、ワルぶってるだけ、と。
子供というのは、何もわかっていないようでいて、肝心なことは、言われなくても、わかっていたりするものなのである。

木が嫌い

そんなI先生も、やっぱり、「故郷」を憎んでいたようなのである。
先生は、長野の、どこかとんでもない田舎から出てきたという話だった。
あるとき、先生が、こういうふうに言った。
「木を切っちゃいけないとか、自然保護とか、いろいろ言うけど、木なんか、いくらでもあるんだから、関係ないんだ、切ればいいんだ」と。
いくぶん、ワルぶった物言いではあったけれど、たぶん、先生の本音に近かったというか、私は、先生の「故郷への憎しみ」みたいなものを、かなり、感じたのである。
先生は、「ひたすら木ばかりがあるようなところ」で、育ったのだそうで、木などは、もう一生分見たから、見たくないみたいなことを、都会育ちの生徒たちに向かって、ひとしきりボヤいたのであった。

生徒をガン無視する先生

不健康法を実践し、酒ばかり飲んでいたI先生だったが、実は、結婚をしたがっていて、お見合いに励んでいるらしいという噂があった。
が、そのことは、授業中のボケでは、語られなかった。
そんなある日、私は、友人と2人で下校中に、なぜか、道端に留めた車の中にいるI先生を、発見したのだった。
私たちは、立ち止まり、窓越しに、「せんせー!」と呼びかけた。
しかし、何度呼んでも、先生は、ただまっすぐ前を見て、じっとしているだけだった。
なんだか知らないけど、誰かを待っていたのかもしれないし、よくわからない。
しばらく、きゃいきゃい言っていたのだが、先生が相手にしてくれないので、私たちは、諦めて、その場を去ったのだった。
今でも、どうしてあんな、生徒が通る場所に車を止めて、中でじっとしていたんだか、さっぱりわからない。
何か、あったのだろう。