脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

ああ老眼

老眼が来た

老眼というのは、こんなに急激に進むものだったのかと、驚いている。
2年くらい前には読めていたものが、もう読めない。
たぶん、ここ1年くらいで、急激に進んだのだと思う。
なんらかの製品の使用方法とか、禁止事項なんかもそうだし、特に、食品の保存方法とか、期限というのは、命にかかわるから、けっこう、生存の危機を感じる。

損をしたような気がするとき

美容院や、病院で、雑誌を読むのに苦労する。
タダなんだから、読んだほうがトクなのに決まっているが、二重に見えてしまうから、読むのがつらい。

西洋人の場合

西洋の映画やドラマを見ていると、けっこう若い人が、近くを見るときにメガネをかけていることに気がつく。
白人や黒人は、遠視の人が多いから、らしい。
そういうのが普通だと、老眼が来ても、あんまり気にならないのかもしれないなあ。
また、アルファベットというのは、漢字よりも見やすくできていて、暗いところでもけっこう読めるとか、遠視の人でも読みやすくできているらしい。
日本語の文章というのは、きちんと読もうと思えば、かなりの明度が必要だが、アルファベットで書かれた文章は、そうではないということは、誰か、イギリス通の人が書いていた。
そういえば、昔、ダイアナ妃をモデルにした映画の中で、そういうシーンがあったが、比較的暗い部屋の中で、それは、日本語の文章を読むには暗すぎるという明度であったが、暖炉のそばで、彼女が雑誌を見ていたのを、思い出した。

遺伝の不思議

近視がひどいから、老眼が来るのは遅くなるだろうとか、そういう話があったような気がするが、あんまり関係はなかったようである。
老眼とか、白髪とか薄毛とか、難聴とか、そういう、老化関係のものは、ほとんど遺伝で決まっているのではないかと思う。
誰でも、親というのは、2人いるわけだから、どっちから引き継いでいるのかということは、クジのようなもので、思い通りにはならない。
亡父は、虫眼鏡で新聞を読むようになっていたが、それが、いつからだったのかは、わからない。
髪の毛に関しては、完全に父親からの遺伝で、母親と似ているところは、ぜんぜんない。
聴力については、まだわからないけれども、たぶん、父親ではないかと思う。
母親の母親も、耳が遠かったが、母親も、そうである。
「生の偶然」というのは、神のように気まぐれで、そして、それ自体には、「意味」はない。

アナタはもう、オーバーステイ

眼鏡を新調しなければならない、と思って、「老化ゆえの出費」に、げんなりする。
他人の生活を脅かすような、悪いことなどは、何もしていないのに、老化というものは、まるで罰のように、やってきて、そして、几帳面に、「時間ですよ」と告げ、出費を促す。
「アナタはもう、オーバーステイをしているのだから、そのぶんは、余計な出費をしなければ、この世にはいられませんよ」と、言われているようである。


老眼というのは、結局は、目の奥の筋肉の衰えが原因だというので、少しでもマシにするために、蒸しタオルでアイパックに励むこのごろ。
こんなことになるのなら、もっと早くからやっておくのだった。