脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

つまらない夏

夏がつまらなくなった

年をとるというのは、夏がつまらなくなるということだったんだな、と思う。
もともとの話が、蒸し暑い日本の夏が、そんなに楽しいわけがないのだが、この年になるまでは、つらいはずの夏でも、それなりの「楽しみ」というものは、あったかもしれない。

自分というお人形さんで遊んでいたころ

今思えば、夏が「ちょっとでもいいな」と思ったのは、ほぼ、30代までだったと思うが、どうしてかと言ったら、私の場合には、夏用のファッションを楽しめたから、というところが、大だったかもしれない。
夏しか着られない洋服や、靴、アクセサリーなどを用意してあったから、そういうものを身に着けることが、少しは楽しいという感覚があった。
「己の見た目」というものが、どうでもよくなってしまった今では、そのぶん、何もしなくていいから、ラクではあるが、つまらなくなるということとも、同義である。

こんがり茶色の夢は、永遠に適わない

若いころは、休みの日が晴れだと、「焼き」に出かけていたことがある。
ドリンクを持ち、サングラスをかけて、みなとみらいの土手に寝転がり、めいっぱい焼けるようにと、がんばるのである。
きれいに焼くためには、ある程度の日焼け止めを塗っておく必要もある。
しかし、そうやってがんばっても、思い通りにこんがり茶色に焼けたということは、一度もなかった。
子供のころからそうなのだが、赤くなって、剥けるだけで、念願の、おしゃれなこんがり状態になったことは、一度もない。

夏は拷問

もはや、夏の楽しみなどとは、何一つ関係がなくなった今、7月とか8月というのは、本当に、つらいだけである。
暑さに耐えるか、冷房に負けて気持ちが悪くなっているかの二択であるから、ほとんど、拷問のような気がする。
泳ぎにも行かないし、ビールも飲まなくなった。
疲れるだけなので、わざわざ避暑地まで行って、涼しさを楽しむとか、屋外イベントを楽しむということも、しない。
昼は長く、夜はすぐに終わる。

本当なのか

そういえば、戸川純の曲で、「となりのインド人」というのがある。
その歌詞の中には、「日本の夏は、蒸すけど涼しい」という箇所があって、ずっと前から、その言葉が、異様なほどに気になっているのだが、いまだに、インド人に「本当にそう思いますか?」というふうに、聞いてみたことがない。
誰か、確かめた人は、いるだろうか。