脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

恐怖の記憶はウソつき(かもしれない)

記憶はウソつきである

ものごころがつくかつかないかのときに体験した「何か」が原因で、漠然と残っている恐怖の記憶、そういうものは、いくつかある。
が、ヒトの記憶というのは、ウソつきなので、どこからどこまでが、本当の記憶で構成されているもので、どの程度が「あとで話を聞いて、勝手に脚色をしたもの」なのかは、自分でもわからない。

階段

赤ん坊のころに、アパートの外階段から転げ落ちたことがあったらしいのだが、漠然とした転落の記憶が、あるような気はする。
が、それは後から作ったイメージかもしれない。
しかし、そういうことがあったなら、どうして死ななかったのか、よくわからない。

ぼっとん便所

夜中に1人でトイレに行って、ぼっとん便所の穴から落ちてしまい、必死でトイレのフチにしがみついている記憶。
これは、実際の出来事なのかどうか、よくわからない。
が、何度も夢に見るとか、なかなか、生々しいイメージがあって、もしかしたら現実だったのかもしれないという気もする。

炊飯器

3歳とかそれくらいだったのではないかと思うが、親が、ちょっと留守をしたときに、タイマーで炊飯器を仕掛けて行った。
炊飯器から煙が出始めて、火事になると思って焦った私は、上から水をかけた。
なんとなく、そういう記憶があるような気はするのだが、その話は、何度も聞いたので、脚色された記憶なのかもしれないし、わからない。

キャンディー

幼稚園のバザーがあった。
私と友人は、キャンディーをつなげたものを、1本100円で売り歩くように言われた。
しかし、なかなか売れなかった。
そこで、どうしてなのか、今でも本当にわからないのだが、私は「50円なら売れるから、50円で売ろう」と言ったのである。
友人は賛成し、私たちは、50円でだいぶ売った。
ところが、「50円で売ったら、かなり売れた」と報告すると、仕切っていた保護者の人は、「えっ」と言って、困った顔をしたのである。
そして、100円で売ってと言ったのにと、多少は叱られたような気がする。
私は、余計なことをするんじゃなかったと、なんだかいけないことをしてしまったんだなと思って、かなり後悔したのであった。

迷子

小学校の1年か2年の時だと思うが、友達と2人で歩いていたら、迷子になってしまった。
どうしてそうなったのかは、覚えていないが、かなり遠いところまで行ってしまったようである。
もちろん、当時は、携帯電話などはないので、一度迷子になってしまったら、そんなに簡単に、親に連絡をするということは、できなかった。
心細さに震えながら、うろうろしていたときに、なぜか、タクシーが止まって、後ろに乗っていた優しそうなおじさんが、「送ってあげようか」と言った。
それが、どうも、「宍戸錠」として記憶されているので、なんとなく似た人だったのだろうと思う。
私たちは、断って、さらに歩いていたら、たまたま、友人のお母さんに出会い、その人が、最寄りの駅まで送ってくれたのだった。
無事に家についたあとは、知らない人についていってはいけないという言いつけを守って、おじさんの救いの手を断ったということを強調し、自慢したのだった。