脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

なんで落ちたんだ

なんで落ちたんだ



11歳で、ひとりで家にいたら、いきなりヘリが落ちて来て、家が全焼してしまったなんていったら、それは、中東で、米軍に攻撃されて追い出された難民と同じような状況で、世界が終わったかのような、衝撃的事件であっただろう。
先の人生が、長いから、これがトラウマにならなければ、いいと思うけど。


どうして落ちたのかって、真実は、絶対に、最低でもむこう50年は、明らかにはならない。
近くで米軍が演習をやっていなかったのかどうかとか、誰も言い出さないし、「ヘリの機能的問題」ばかりにこだわって、そっちに目を向けさせて、終わるのだろう。

なぜ御巣鷹山

日本航空123便は、どうして落ちたのか、32年たっても、わからない。
わからないことは、「わからせるわけにはいかない」から、いつまでも、わからないままなのだ。
そういう視点で考えた場合には、世田谷一家殺害事件のような、大事件が、どうして、迷宮入りしているのかなども、なんとなーく。
というか、どうして誰も、「米兵なんじゃ?」というふうに、言い出さなかったのか。
「そうじゃないかと思う」というほうが、普通のような気がするのだが。

カウペンス

世田谷一家殺害事件というのは、2008年に横須賀で起きた、米兵によるタクシー運転手殺害事件と、非常に似通ったものを、感じるのである。
あのときには、たまたま、横須賀に入港した戦艦カウペンスの乗員だった犯人が、おそらく、もともとのサイコパスで、日本で下船した途端に、「なんの恨みもないタクシー運転手」を相手に、凶行に及んだのである。
もしも、そのまま、帰ってしまっていたら、あの事件は、絶対に、「迷宮入り」をしていたはずであって、そして「米兵ではないか」ということは、当局も含め、誰も、言わなかったのではないかという、気がする。
だから、世田谷の件は、「捕まらなかったオラトゥンボスン・ウグボグ」というふうに解釈すると、個人的には、非常に、腑に落ちるのである。

凶悪事件は、なぜ、次々に迷宮入りするのか

三億円事件は、何度も、ドラマ化されたけれども、もう、50年も前の話なんだなあ。
あれなんかも、最終的には、米軍のことが、言われ始めたわけだけれども、そういう話が出るまでに、たぶん、40年以上は、かかったのではないだろうか。
最初の20年なり30年というのは、誰も、表立っては、そういうことは、言わなかった。
下山事件なんかは、松本清張が、早くから書いていたけれど、10年くらい前だったか、実行犯の一人の孫だという人が、本を出して、米軍だったと、言い出したけれども、当局は、無視を決め込んでいる。
まあ、そういう話というのは、この事件に限らず、知っている人は、世の中には、いっぱいいるのだろうが、この人なんかも、おじいさんが死んで、だいぶたつまで、名乗り出るという気には、ならなかったわけだし、名乗り出るに至ったにも、ただ真実を告げたいという動機以外に、「自分のためのモチベーション」というものが、ある程度は、あったはずで、そういうものがなければ、誰も、やらないのである。
やってトクになるのでなければ、身内の恥を晒すなどということは、誰も、やらない。

ひどい話

わからせるわけにはいかなかったから、真犯人が見逃されたという事件では、帝銀事件、これも、松本清張が、書いたわけだが、あれを「わからせるわけにはいかなかった理由」というのは、731部隊であり、その関係者であり、どうしてそれを守らなければならなかったのかと言えば、アメリカが、取り引きをして、それの関係者どもを、赦免したり、買い入れていたから、である。
731の上の方の偉い人たちが、見逃されたばかりか、ぬくぬくとして、いい思いをしている、それなら、オレだって、ちょっとくらいは、いい思いをしたって、バチは当たらないだろうと思って、お金欲しさに、悪いことをする、そして、その偉い人たちは、「誰がやったか」ということは、知っているけど、自分たちに火の粉が及ぶのは困るから、知らん顔をしている、ひどい話である。
「あまりにも大きな罪」に、目をつぶったがゆえに、「それよりも小さな罪」を見逃さなければならなくなった、という、よくあるケースである。

あの人たちは今

そういえば、グリコ・森永事件や、赤報隊は、結局、あれだけやって、迷宮入りしたけれども、関係者というのは、確実に、何人かは、まだ、生存しているはずである。
バレたら、バレた瞬間に、身を滅ぼすというような、決定的な秘密を抱え、必ず墓の下に持って行くという、固い決心をして、残りの人生を生き抜くというのは、かなり、大変なことだろうと、思うのだが、その人たちは、今ごろ、どうしているのだろうか。