脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

ああスナック

ああスナック

私が20代のころは、よくスナックへ行った。
週に2~3回は行っていたようなころも、あったような気がする。
誰も彼もが、「居酒屋のあとにはスナック」というコースを、普通に消化していた。
当時は、カラオケボックスがなかったので、歌いたいと思えば、スナックへ行かなければならなかったということが、ひとつ。
それと、やはり、堅い仕事が終わった後の息抜き、気をゆるめる場所としては、スナックというのは、適していたのだ。
カラオケボックスというのは、「安い」そして、「好き勝手に歌える」、「ほかの客を閉め出せる」という意味では、いいのだが、それ以上にいいことは、何もない。
つまみはテキトー、従業員はバイトばかり。
エアコンは「臭い」と決まっていて、家族連れや、高校生が、廊下でぎゃあぎゃあ騒いでいる。
「趣」というものは、ゼロである。
そういえば、世の中には、「スナック評論家」みたいな人も、いるらしいが、誰だったか、忘れた。

「おまかせ」

スナックというのは、高い。
が、常連になれば、そして「ワケあり」になればなるほど、安く上がるという仕組みに、なっていた。
ボトルを入れれば、1回あたりは、けっこう安く済む。
さらに、知り合いの誰かが、「おまかせボトル」を入れてくれていれば、「ボトルを入れた人の関係者」ならば、それが飲める。
もちろん、「関係者」かどうかは、店側が判断するのである。
おまかせボトルを入れた人と、何度か一緒に来店して、仕事仲間だということがわかっていれば、だいたい、OK。
お金がないときには、誰かのおまかせを当てにして、行ってみる。
あればラッキー。
だから、自然と、みんなが、同じところに通うようになるわけである。
私は、ウィスキーというのが、大嫌いで、匂いを嗅いだだけで、気分が悪くなるほうだし、それを、氷の入った水割りにして飲むなんていうのは、最悪だと、思っていたのだが、結局は、せっせと水割りを作るというのが、日常茶飯事になっていったのである。
そのころは、どこに行っても、だいたい、自分が一番若かったから、連れの人たちのグラスに気を配り、減っていないかどうかを、いつも気にして、頼まれる前に、ささっとやっておかねばならないのであった。
こういうのは、「それがつらい」とか、そういう話ではない。
「慣れ」であるし、順番とか、下積みとか、そういうアレ。

ワケあり感を楽しむ

スナックというのは、怪しい。
ママさんなり、マスターや、従業員も、みんな、「ワケあり」なふうである。
本当にワケありなのかどうかは、知らないけれど、どうしても、そう見えるのである。
あるスナックのママさんは、美人なのだが、ジャガー横田に似ていて、しゃがれ声でしゃべった。
どう見ても、ワケありである。
その店には、いつも1人で来て、静かにカウンターで飲んでいる常連のお客さんがいたので、「あの人は、ひょっとして、ママさんの?」と、誰かに聞いてみたら、「違う、ママの相手は、ほかにいる」と、言われた。
そうなると、ジャガー横田なママさんが、よりいっそう、「ワケあり」に見えてくるのであった。

「別れの予感」

スナックに行く人は、だいたい歌が上手かったが、ある時、ある女性が、新しい持ちネタで、「別れの予感」を、歌った。
その人は、ダンナも子供もいるのに、いったいどこで、練習をしていたのか、知らないが、これまで一度も、発表したことがなかったのに、非常に上手に歌っていた。
私は実は、その人が新ネタで歌うまで、その曲を、聞いたことがなかったのである。
だから、テレサ・テンが歌う「別れの予感」よりも先に、その人の歌うバージョンを聞いてしまったので、なんだか、そっちのほうが「本物」のような、気がしている。
今でも、テレサ・テンの曲の中では、この曲が一番好きである。
奇しくも、その人は、その後、離婚することになったのだったが、それはまあ、偶然というもので、この曲がゲンが悪いというわけでは、ないだろう。

ゲイバー

あるとき、ある店で食事をしていたら、連れの人たちが、たまたまそこの店長さんと意気投合し、その人に誘われて、ゲイバーに行くと言った。
ゲイバーというのは、当時の仲間内の行き先には、なかったから、よせばいいのに、もの珍しさで、ついていった。
場所は、神奈川県で一番怪しい場所、である。
そうしたら、そのスナックには、女装していないおかまの人が、何人かいた。
もう、怪しさ全開だった。
そこでも、水割りを飲まされたのだが、それは、後で思えば、混ぜ物がしてある悪い酒だったようである。
オールドだったと思うが、なんか、変なところから出してきていたような気がするし、蓋を開けるところを、見ていない。
私は、そのときに、人生最大の悪酔いをし、本当に、やっとの思いで、家に辿りついたのだった。
一緒に行った人たちは、そういうことは、特に、なかったようなので、それだったら、ピンポイントで、私のグラスに、なんか混ぜたという可能性も、なくはないかも。
やはり、飲み屋の場合には、「行きつけでない店」というのは、何かと危険だから、回避するに越したことはない、のである。
それからは、ゲイバーに行ったことは、一度もない。