脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

三つ子の訛りは、百までな件

うちのお母さんは、ぜんぜん訛っていた

私は、子供の頃から、長いこと、「ウチの母は訛っていない」「標準語をしゃべる」と、思っていたのだが、実際には、ぜんぜんそうではなかったのである。


母は、大阪よりも、けっこう西のほうで生まれて、そして、大阪よりも西に住んでいたのは、20代後半までだったのに、さらに、関東に住んで、もう50年近くになるというのに、言葉のアクセントというのは、やっぱり、生まれた土地で覚えたもの、なのである。
もう70をとっくに過ぎているから、これから直す必要なども、なく、そして自分では、訛っているとは、思っていないから、それはそれで、別にいいんだけど、どう考えても、私とは、基本的なところで、アクセントが違う。
「ごはん」とかで、出る。
「は」で上がるのである。
これは、どうしても、そう。
ああ、関西の人なんだなあ、と思う。
私は、ものごころついたころには、もう関東にいたので、私自身には、関西訛りというものは、ない。
「ごはん」というのは、「ご」が一番高くて、「は」で下がって、「ん」でもっと下がる。
子供の名前なんかも、そうなのである。
三文字の名前は、絶対に、真ん中で上がる。ということは、その両脇で下がっている。
親戚も、みんな、大阪よりも西の発音だから、子供のころから、同じように呼ばれていた。
だから、「変だ」というふうに、思わなかったかというと、そうではなく、それは私は、関東で育ったからで、自分の親や親戚以外の人に名前を呼ばれるときには、絶対に、「真ん中が上がっているということは、なかった」から、である。
あとは、よその家の食事よりも、そして給食よりも、相当に味が薄かったということは、子供心にも、わかっていた。

メタモルフォーゼ

だから、うちの場合は、親が関西人で、子供は関東人なのである。
突然変異、みたいな。
変な感じだな、と思うけど、親のほうは、死んだ父を含め、そんなことは、まったく気にしていたふうではないので、別にいいのだが。
うちの親どうしというのは、家の中では、完全に、「○○弁」で、会話をしていたのだが、私は、結局は、親の地元の言葉との「バイリンガル」というふうには、ならなくて、もちろん、話しかけられた場合には、けっこうわかるけれども、そこの方言でもって、自由自在に話せる、ということは、まったくない。
世の中には、別の国に移住をして、二世代目からは、バイリンガルになって、親とは別物になってしまうとか、三世代目からは、祖父母の言葉ができなくなってしまって、誰かに通訳をしてもらわないと、おじいさんやおばあさんとの意思の疎通ができないというような家族は、けっこういるみたいだから、そういう家と比べれば、日本国内の言葉の違いなどは、大したことではないのかもしれないが。