脱力日記

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

魔の刻~逝く人逝く人~

魔の刻

正月が過ぎ、浮かれ気分がおさまった、1月の、今ごろの時期というのは、寒さも厳しく、年配の人が、もちこたえられなくなって、行く人は行ってしまうという、そういう「魔の刻」である。

78歳は、まだ早いのでは…

最近、西部邁が、入水したと聞いて、ああやっぱり、というか、でも、というか、まだ、自分の中で、「彼の不在」を、どういうふうに処理したらいいのか、わからない。
たぶん、小谷野敦なんかも、そうじゃないかと思うが、だから、猫ブログに、西部のことは、何も書いてない。
「彼の不在」と言ったって、私は、先方とは、なんの関係もない。
佐高信との対談番組を、数年の間、テレビで見ていた、というくらいの「関係」である。
ただまあ、あの番組は、濃かった。
だから私は、西部とか、佐高のことを、なんだか、親戚のおじさんのように、思っていて、たぶんだけど、本当の親戚のおじさんよりも、親しみを感じていたのである。
だから、「あの人が、もうこの世にいないのだ」という事実を、どうしたらいいのか、わからないのである。
もちろん、心酔していたとか、崇拝していたとか、そういうのとは、違う。
78歳なら、まだ…と思うのだが。鬱っぽかったようだ。
あの白い手袋は、なんだったのか、3年くらい前に、テレビで見たが。

労多く、実の少ない、長い人生

西部の急報でもって、内心でおろおろしていたら、なんと、野中広務だという。
この人のほうが、尊敬していると言えて、そしてまあ、92歳ということだし、最近はもう、時間の問題だろうと、思っていた。
いい人は、先に行く。
中曽根とか、石原慎太郎みたいなのは、いつまでも、ピンピンしている。
英語では、Only the good die youngと言うのだが、ビリー・ジョエルの歌にも、そんなのが、ある。
92歳は、youngとは言えないが、中曽根康弘よりも、若い。
野中の場合には、生まれたときから不利な条件で、92年間も、労多く、実の少ない人生を、本当に、お疲れさまでしたと。

安倍普三大喜び

安倍普三などは、野中がこの世からいなくなって、さぞかし、喜んでいることであろう。
田中角栄が、中国と約束した内容を聞いたとして、証言をした野中が、いなくなったのだから。
「改憲をしたら、国会の前で割腹自殺をしてやる」と言っていた野中が、いなくなったのだから。
嬉しくて仕方がないだろう。
あとは、気兼ねなく戦争ができる、と。
下品な男である。
○ねばいいのに。
そんな腐れ男に、「親しみやすい」とか、「育ちがいい」などと思って、えんえんと投票を続けるアホどもは、完全に、終わっている。
私は、本当は、こういうアホな同胞たちと、同じ船には、乗っていたくないのである。
でも、ほかに、行き先がない。
だから、自分が元気でいられるのは、よくても、あと2~30年だろうと思うから、我慢をして、その他おおぜいのバカと一緒に、沈む船に乗っているしか、ないのである。
死ぬまで、植民地の民として、アメリカ政府に、動物のように扱われるのである。
私は、日本などに生まれてしまって、本当に、運が悪かったなあと、思う。